GOLD BUT PROJECT

 


ようやく杉野保さんのOLD BUT GOLDを読んだ。トラッドなどやらない私は、かつてこの本を何度か手に取ったものの結局は読まずにやり過ごしてきた。クライミングを再開して、そのモチベーションのありかや文化的側面、歴史、そして開拓者の視点などを学びたくなり、ようやく重い腰をあげて読み始めた。

あまりに面白くて数時間で読破。いやあなんで今まで読まなかったんだろう、損してたなぁ。

とにかくトラッドにとても惹かれたが、やはりその危険性、冒険的側面から手を出すのは難しく感じている。一番恐れているのは、一度やってしまうと完璧に傾倒してしまう私自身にだ。

クライミングをはじめた時もそうだった。全く興味が無かったし、むしろやりたくなかったが、友人に10回近く誘われて結局は「川沿いでビール飲めるから」の一言で重い腰をあげた。それから8年は週3-5でジム、週1-2で外岩に通った。コロナで外岩に行けなくなり、突然モチベーションを失ってからはジムどころか家トレすら0だった。100か0かで振り切れてしまう為、クライミングをしているとどうしても本業が疎かになってしまう。

10代の頃はスケボーに傾倒してアメリカ留学を考えていたが、意識不明で病院送りになってぱったりと止めてしまった。あの怪我がなければ、そのままアメリカでスケボーしていただろう。

話がそれたが、OLD BUT GOLDから気になったことばを幾つか自戒を込めて引用させて貰う。ほとんど引用の引用だが...

「だから岩場には面白くない悪いルートは必要無い。岩がここを登れよと語りかけてくるような、素晴らしいルートだけがあればいい。それがわからないクライマーにはルート開拓をする資格はない(草野俊達)」

「私自身はと聞かれれば、一つだけはっきりと言っておきたいことがある。ルート上の過剰な確保支点は、クライミングの大きな魅力の一つである<心理面>の駆け引きを台無しにしてしまう、ということだ。(略) 完全なクライマーとは、自らの能力と待ち受ける危険を同時に査定しつつ、大きな精神的ストレスの下で高い技術難度を克服できる者でなければならない(シュテファン•クロヴァッツ/Rocks Around the World)」

そして、個人的に最も印象的だった文章。

「ボルダリングは登山における詩なのだ。それは純化されたクライミングであり、他のクライミングとは異なる気質や、異なる集中力を必要とする(ジョン・ギル/スーパーボルダリング」

登山やリードを「小説」という物語に例えるならば、ボルダリングは詩。私自身、幼い頃から小説では無く、詩や俳句に惹かれてきた。その核心とも言うべき真髄を言い当てているような言葉でハッとした。

OLD BUT GOLDの中では、しばらく人々のなかで忘れられてしまったような、それでも輝くルートを試登や周辺エピソードと共に取り上げている。私はかつて開拓されたエリアで、手付かずのまま取り残された課題を中心に登っている。時にそれは高難度の為に初登されず、危険度が高く取りつかれず、あるいは単に見落とされてしまった物もある。そんな岩のラインを探り、細々と登るのが楽しい。

それは、私にとってはGOLD BUT PROJECTなのだ。




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